自分の「恥部」が呼び起こされる
知り合った大学生が「面白い本だった」と話してくれていて、気になっていた。
文庫本になったタイミングで購入。
- 作者: 西加奈子
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2017/10/06
- メディア: 文庫
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文庫本の帯に「100万部突破!」「直木賞受賞」「本屋大賞2位」とあり、「オードリー若林正恭さん」「角田光代さん」「朝井リョウさん」の推薦が書かれ、解説が「又吉直樹さん」。
まあ、これで、つまらないわけないよなー、と思って読むんだけど、確かに面白い小説だった。
お話は、圷歩(あくつ・あゆむ)さんという男の子が1977年に生まれて、37歳になるまでの半生を、歩さん目線で書いたもの。
歩さんと自分は、生まれた年は違うし、だいぶキャラクターも違うけれど、随所で、「あるある」というか、自分もそうだったなーと思い、完全に忘れていた自分のダサ過ぎる記憶をグイグイ呼び覚ましてくる。
歩さんは、父の赴任先イランテヘランで生まれる。しばらくして帰国。
姉が「猟奇的」といえるほどの女の子。母も独特で、歩はまわりに合わせるのがうまくなる。自分の姉は歩の姉より全然普通の人だったが、確かにまわりからいろいろ、いいことも悪いことも言われたし、考えてみると結構気にしていたことを思い出す。
小学生になると父親の仕事で今度はエジプトへ。
エジプト人には「IBM」という言葉があるといわれる。「I」は「インシャアッラー」、神のおぼしめしのままに、という意味。何かよくないことをして怒られても、神がそう望んだ、と返す。「B」は「ブクラ」、明日。何か命令されても、明日やる、と返す。「M」は「マレーン」、気にするな。適当で、人なつっこくて、憎めない人たち。
そして貧しい子どもたちとのこんな関わりもある。
あなたたちのことを見下していない、そう言えない代わりに、僕は笑っていた。
僕に唾を吐いたあの子は、僕の笑いの意味に気づいていたのだ。
僕が結局、彼らを下に見ていたことに。
自分が30年前に中国貧乏旅行で物乞いの子どもたちと出会ったときの戸惑いを急に思い出した。
またヤコブという少年と友人になるところも、自分のインド貧乏旅行のときに仲良くなったインド人青年との記憶がよみがえってきた。そう、なんとなくウマがあう、ってこと、確かにあった。
下半身のことだけを考えて生きていた歩さんの中学校時代、高校時代のパートが、また効いた。男子学生なんてそんなもん、とわかってはいても、自分の恥ずかしすぎる日々が克明にあぶり出されるようで、なぜか恥ずかしい。確かに、完全にこの通りだった。
高校時代に出会う「須玖(すく)」という、小説・映画・音楽にやたら詳しいのにそれをひけらかさない、実に魅力的なヤツと知り合う。このくだりでも、自分の知識ひけらかしまくりの高校時代をドーンと思い出し、つらくなる。須玖は小説の中の人物だが、本当にいれば、自分も尊敬するだろうなと感じた。(夏枝おばさんも、とてもすばらしい人だ)
「矢田のおばちゃん」もいい。特に 歩の子ども時代の葛藤を全部見ていたよ、と優しく語る場面に考えさせられた。
「あんたは、大人になるずぅっと前から、大人にならんとあかんかったもんな」
これも、何か、どこかの自分の記憶を呼び覚ます。「あなたのこと、見ていたよ」。「あなたは、前から、こうだったもんね」。50歳になる前に病気で亡くなったおばさんのことだろうか。
女の子にモテまくるシーンは自分と違い過ぎて、ついていけなかったが、女の子と何かコトが起きたときに「あれ、自分はこれをしたかったんだっけ」と感じるマヌケな感情は確かによくあった。完全に記憶の底に沈んでいたけど、思えばこればっかりだった気にもなってきて、つらくなる。
そして歩は、髪が薄くなる。ここだけは、あまり思い当たらなかった。ただ、近くに、若くして髪が薄い人がいたので、歩の人生が急にグラグラしていく感じはよくわかる気がした。髪が薄い彼のことに重ねて読んだ。
そして離ればなれになった家族に、一応の決着というか、まあ、この状況をみんな受け入れて、ここで頑張っていくしかないよね、という終わりになる。これは自分のいまの状況と重なっている。こういう気持ちは現在進行形だ。
ゴツゴツした話、というか、最初は、どういう感じで入っていけばいいか、イマイチつかめず、少し、小説の世界に入り切れなかった。
自分に重ねつつ、反省しつつ、歩さんと共に、物語の中を生きていく。
上巻を終えて中巻に入るあたりからは、リズムができて、読み進むのが、俄然楽になった。
阪神淡路大震災、怪しい宗教法人の問題、就職氷河期、アラブの春、東日本大震災など、この30年に起きた話と微妙に絡むので、ここも、効いてくる。
自分も確かに、こういう時代を生きてきた。
自分はあの日、ああだった。
そんなことも、読みながら思い出して、楽しかった。
多くの人が感じることだと思うが、自分も、もちろん、映画で見た「ガープの世界」「フォレストガンプ」を思い出した。
著者の西加奈子さんは、「サラバ!」の中にも出てくる「ガープ」原作者ジョン・アービングのことも好きなのだろうし、影響も受けていると思う。
ただ「ガープ」や「ガンプ」を見たときには、話はとても面白かったが、自分の半生に重ね合わせるということはなかった。
しかし「サラバ!」は、お話の面白さを味わうとともに、自分の完全に忘れていた記憶を引きずり出す、強い力を持ったお話だった。
忘れていた記憶。自分の「恥部」。
人生の深み、多様さ、罪深さ、取り返しのつかなさ。
なんということだろう。
恥ずかしいけど、感激している。