「異物」を大事にしよう

林壮一さんの「マイノリティーの拳」と「神様のリング」はとても面白かった。

林さんがサッカーの本も書いていることを知って購入。

この本のタイトルは「間違いだらけの少年サッカー」だが、元々は「少年サッカー指導の最前線」という雑誌連載をまとめたものだという。

確かにこれは、「現状批判の書」というより、「少年サッカー指導の最前線で、いろいろな方から示唆を受ける書」という内容だ。

こういうタイトルのほうが目を引くということでこうなったと思うけど、元々のタイトルのほうがニュートラルな感じがして、自分はむしろそっちがいいと感じた。

現場で実際に指導に当たっている人たちの言葉は、それぞれが成功も失敗も重ねているから、とても重みがあるし、指導者以外のお話も思わず「なるほどなー」と感じた点がいくつもあった。

クラマーの繰り返した言葉

清水東OBのところで出てくる話。

ドイツ人コーチ、デットマール・クラマーのクリニックが開催され、繰り返したのは下記の5つだったという。

  • Look Around(まわりを見ろ)

  • Think Before(前もって考えろ)

  • Meet the Ball(ボールに寄れ)

  • Use Space(スペースを使え)

  • Pass and Go(パスしてすぐ走れ)

クラマーさんの名前だけしか知らなかったが、なんとシンプルで、なんと本質的かと思い、とても興味を持った。

体に染み付けろ

清水東OBの大榎克己さんの言葉。

2手先、3手先っていうのも、いつも試合中に考えているわけじゃない。

体に染み付いていないと試合では出ない。

ふだんの練習の積み重ねで、自分のものにしていく。

いざ試合中に考えて、こうやって、こうやって、なんて、そんなんじゃ遅い。

ここらの感じ、反応、反射神経、みたいな話。

実際は、まわりで見ている客と、トップ選手は全然違う感覚なんだろうな、と改めて感じた。

試合のちょっと前に観客席に来て、ゆったり観戦して、「なぜ、あそこに行かないんだ?」「なぜもっと、こう攻めないんだ?」なんて、エラそうなこと、ゆめゆめ思わないことだな。

試合中に、まるで無意識に動けるくらいのところまで、ふだんから練習しておく。

だから、試合中、「前もって考えていた」かのように、動ける。

・・そういうことだと思う。

なぜか、偶然、適当にやったらうまくいった・・、なんてこともまったくないわけじゃないだろうが、ほぼないことだろうと思う。

心臓を抉(えぐ)るつもり

アルゼンチン出身の指導者、セルヒオ・エスクデロさんの言葉もすごい。

アルゼンチンで大成した選手が共通して持っていたのは、サッカーで成功しないとまともな食事ができないという危機感。

そういう選手はピッチに立ったとき、 自ず(おのず)と闘える。

サッカーが戦争だと知っている。

「ボールを奪うときは、相手の心臓を抉る(えぐる)つもりでプレッシャーをかけろ」がアルゼンチン流。

そもそも真剣度合いがまるで違うのだから、生半可な覚悟じゃ話にならない、という話。

もちろん、多くの選手・指導者も頭では知っているが、改めて突きつけてくる感じがいい。

同じ人間なんだから、覚悟の度合いで変わるのが当たり前。

何回も頭に入れないといけない言葉だよなー。

メンタルは作れない

日本で生活するイングランド人ジャーナリスト、ショーン・キャロルさんの意見も参考になった。

日本の文化は全部やり過ぎ。

勉強し過ぎ、働き過ぎ、練習し過ぎ。

フィジカルが弱いからトレーニングしなきゃとか言うけど、いま世界一うまいメッシだってフィジカルないじゃん。

メッシは小さいけど、心が強いからトップにいる。

うーん「やり過ぎ文化」っていうか、過剰サービス文化は、そのとおりなところ、あるよな。

日本人に足りないのはメンタル。

メンタルを鍛えるのは基本的に無理。

絶対に作れないもの。

日本人はいつも「すみません」って言っている国民。

何に対してもビビッているし、迷いがある。

決断に何時間もかかる。

キャロルさんによると、本田、長谷部、吉田、川島、長友は、日本人には珍しいタイプで、メンタルが強いから、そういう部分がピッチに出るのだという。

一方、香川は、技術はすばらしいのにハートがない、典型的な日本人だという。

「なら、メンタル強い日本人も結構いるじゃん」と突っ込みたくもなったが、香川選手への見解は、確かにそうかも、と感じた。

日本代表はもっと異国の血を入れたほうがいい。

例えばドイツはドイツ生まれの選手だけでなく、ボアテングは父親がガーナ、エジルはトルコ、クローゼもポーランド系。

2010年の代表には闘莉王がいた。

闘莉王が戦う顔をしたら、まわりの選手も自信になる。

昔はラモスもいた。

Jリーグにはドゥンガも、ジーコも、ピクシーもいて、彼らは周囲にとても厳しい。

だから、まわりの選手も成長した。

成長するしかない。

うーん、ここも、そうかも。

キャロルさんの話は極論すぎる気がして、読んでいて少し腹立たしい。

が、確かに、ある意味での「異物」から、腹が立つくらいのことを言われないと何も変わらないかもしれない。

思えば、なんとなく闘莉王が代表にいると、他のメンバーが「ふざけんな、テメー」みたいな感じになって、まったく仲良しクラブじゃなくなっていく感じはあった。

こういう指摘は大事だよなー。

鹿島の植田直通選手も、メンタルがあるから絶対伸びるそうだ。

植田選手はテコンドーも強かったらしい。

「努力」という言葉 好きじゃない

3人の子どもをすべてJリーガーにした、元プロ野球選手、高木豊さんの話も面白かった。

最初はうまくいっていなかったそうだ。

子どもが仮に下手だったら不憫。

ならこちらが厳しく接して、早くうまくさせなきゃいけない。

そんな焦りがあった。

焦りが厳しさを生むのは人間として最低。

最低の親父になりかけた。

高木さんは「努力」という言葉を使わず、「勝負の世界は勝ったヤツしか光り輝かない」ことを伝えたという。

「努力」って言葉、あまり好きじゃない。

下手な人間ほど、上手い人が自然にこなすことを「努力」と言う。

「どんなに疲れていてもバットを振る」は一流になると当然のこと。

レベルが低ければ「努力」という。

レベルが高ければ、「自分の責任において当然のこと」になる。

思考レベルって、深い話だと思った。

「努力」って言葉、確かに、言われてみると、思考レベルの低さから出る気がする。

コーチとしての指導の基本は、「言う」「しゃべる」ではなく、「見る」だという。

人は、ほめるほうが圧倒的に伸びるが、最初からほめると、怒れなくなる。

最初は無視で入るのがいい。

人は無視されると「嫌われている」「眼中にないんだな」と思い始める。

そのあたりで、いい仕事をしたときに「すごかったな」と言ってやると、信頼関係が生まれる。

長所を伸ばすのは簡単で、放っておけばいい。

「長所を伸ばせばいい」なんて言うのは、コーチが選手に嫌われたくないだけの話。

嫌なことをやらせないと、より上の選手にはなれない。

自分の現役時代も、インサイド打ちの弱点を克服したら、バッティングが安定し始めた。

だから、短所を消しなさい、といつも言う。

うーん、この考え方では、キャロルさんの言う「練習し過ぎ」になっちゃいそう。

だけど、この高木さんの意見は、それはそれで、確かに納得もできたりして。

ただ、こんな話も。

人間は、心を開いて素直になることがいちばん大事だと野球から教わった。

自分が素直になって心を開かないと、吸収力がなくなる。

吸収力がなくなった途端に成長は止まる。

人間の基本は、素直な心を持つことから始まる。

そうだよな、いろんな意見に耳を傾ける素直さ、柔軟さが、いちばん大事。

ここは高木さんに、とても共感した。

ただ、全体を振り返ると、エスクデロさんや、キャロルさんの主張がいちばんイラッときて、体感として、とても考えさせられたかもしれない。

やっぱり、現実的に物事を前進させ、進化させていくには、強制的でも、わざわざ「異物」を取り込むくらいのほうがいいのかもしれないな。

とても参考になった。