競馬界はなぜ「改革」できたのか

競馬の世界の話。

JRAのこの秋の重賞戦線でミルコ・デムーロ騎手が勝ちまくった。他にも、クリストフ・ルメール騎手、ライアン・ムーア騎手などが、有力馬に騎乗して、よく勝っている。ファンからは「外人の馬券、買っときゃ当たる」という声が普通に聞かれるようになった。

地方競馬の出身騎手もとても増えた。安藤勝騎手が引退したあとも、戸崎騎手、内田博騎手、岩田騎手、柴原騎手などが活躍を続けている。

大きなレースでは、いまや「外人」「地方」「JRA専属」の比率が3分の1ずつになっているといっても過言ではないくらい。

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自分が競馬を始めた30年ほど前は、JRA専属騎手が100%だった。20年前もほぼ同じ。10年前くらいから、安藤勝騎手やオリビエ・ペリエ騎手の存在感が増してきて、この数年間でドーッと一気に変わった感じ。

まあ他人事としては、「騎手の世界も変わったよねー」くらいの話だ。もともと実力の世界だし、ハイレベルの争いのほうが面白い。

第3者的には、というか、外部から見れば、このほうが公明正大で、新規参入にちゃんと道を開いていて正しいし、馬の力を限界まで引き出すという意味で効率化されているし、こうなることにあまり異存はない。

・・ただ、先日ふと、競馬界はなぜ、こうした、ある意味での大きな「改革」を実現できたのかなーと思った。

というのも、自分がいま職場で進めている「公明正大で、本来なら当然やるべき、効率化策」が、毎回のように抵抗を受けて、ほとんど実現されないからだ。こんなに小さい改革なのに、これすらダメなの?みたいな驚きが無数にある。「既得権を守らないと」やら、「慣例で決まっているから難しい」やら、「万一のために必要だ」やら、いまの仕組みを残すための、もっともらしい論理は無数にある。

考えてみれば、競馬界の「改革」だって、JRA専属騎手たちにとっては、自分たちの既得権が一気に半分程度奪われる、とんでもない蛮行が、ここ数年で行われたことになる。反対の論理はいくつもある。

  • 自分たちはJRAのレースに一定程度出走できる前提でこの世界に入ってきた。外人と地方騎手に大規模参入を許せば自分たちの生活がおびやかされる。(既得権の維持が必要論)

  • そもそもなぜ、わざわざ別から騎手を呼んで来なきゃいけないのか。外国は外国。地方は地方。JRAJRA。昔からずっと分かれてやって来たし、それで別に問題なかった。外国は外国で盛り上がればいいし、地方さんは地方で地方振興という大事なミッションがある。いまの分かれてやっている仕組みは、それなりにうまくいっていて、よくできているのに、変える意味がわからない。(慣例を守ろう論)

  • 外人や地方騎手参入を許して本当にいいのか。彼らは一時的にカネを得て、時が来ればJRAを去っていくかもしれない。JRAの売り上げが落ちれば逃げ出すかもしれない。そんなときJRAの専属騎手に頼ろうとしても、もうとっくに弱体化してダメになっている。(万一のとき、どうする論)

いや、実際のJRAの騎手会がどんな主張をしたのかはわからない。こんな主張は一切せず、スポーツマンらしく、潔く、大規模参入を認めたのかもしれない。ただ、外から見れば、こうした主張が出てもおかしくないと思える。というか、こういう抵抗が出て、「改革」が阻まれたり、中途半端になるほうが、世の中的には普通だと思う。

なので、なぜ「改革」が実現できたか、というのも、全部想像にすぎないのだが、きっと、こういうことではないか。

「馬主会の意向」は断然強い

JRAの中は、競馬ファンとしてボケッと見ている側からは想像がつかないくらい、馬主会が力を持っているのだと思う。ごくごくたまに知り合う競馬関係者の話を漏れ聞くかぎり、競馬界における社台関係者の地位の高さ、あるいはディープインパクト馬主の金子真人さんへの超厚遇などは、とてもよく知られている。確かに主催者JRAは、あくまで出走していただく側。いちばんエラいのは、大金を投じて競走馬を出走させてくれる馬主に決まっている。その馬主の中の有力者たちが「ウチの馬を勝たせるためには、外国でも、地方でも、とにかく腕達者を集めたい」と言えば、これはもう、会社の改革プロジェクト担当者が言うのとは、比べものにならないくらいのインパクトがあるのだろう。先日のG1レース、チャンピオンズカップでは、競馬界の帝王ノーザンファームの吉田勝巳馬主の馬が、ムーア騎手を背に、ここ数戦の不調がウソのような大激走を見せた。あれだけ馬の力をしぼり出せるなら、吉田勝巳さんが惚れ込むのも無理がない。そしていちばんエラい人がそうしたいなら、すべては追認の方向で調整することになる。自然なことだ。

「売り上げ減」という緊張感

忘れてはいけないのは、JRAの長期的な売り上げ減少が、経営に一定の緊張感をもたらしていること。特殊法人であっても、この背景があるとなしとでは大違い。緊張感が強ければ強いほど「このままでいい」みたいな話は言いづらくなる。経営の緊張感が低いところでは現状追認圧力が働きやすくなる。

「世界標準」という外圧

外国騎手に限って言えば、JRA「競馬界の国際A標準国として世界的な力を持つためにも、香港との対抗上も、外国騎手参入の壁は下げざるを得ない」という外圧を、騎手会説得に利用したのかもしれない。この外圧には、いまの時代、なかなか反論できない。

「地方との部分共生」という空気

地方騎手に限って言えば、JRA農水省とともに、地方競馬と一体化はしないが、かといってハードランディングもさせず、是々非々で部分的に共生する」方向を歩んでいるように見える。このやり方がいちばん多くの関係者を守ることができるし、やがては次の段階にいくときの準備もしやすいし、大きな抵抗も起きにくいから、まあ、こうなるのも当然だろう。本当はいま、「JRA・地方一体化」とか、「地方競馬の大整理」とか、抜本的な方針転換が必要かもしれない。しかし、そんな膨大な手間と、時間と、エネルギーが必要な仕事を、農水省の職員や、半官半民のJRA職員が現実的にできるわけがない。となると、地方騎手参入やダート重賞交流戦の一定の拡大、という今のやり方が力を持ちやすくなる。

「改革」で未来はどうなる?

では今後、JRAはどうなっていくのか。まあ、すぐに傾きまくることはないだろうが、中長期的に安泰かと言えば、それも、どうだろうか。

ただ、これは私の好き嫌いの話だが、私は「変わり続けることで、変わらずに高い位置を守り続ける」みたいな話が好きだ。どんどん変えていくべきだと思う。

JRAの騎手だけで、虎の子の既得権を守りあう競馬より、世界にも、地方にも、ちゃんと門戸を開いているほうが、健全だし、未来を向いている気がする。そのほうが、競馬ファンも含めた競馬関係者全体の利益にかなう気もする。JRA専属騎手という一部の方に配慮し過ぎることが、全体の利益増進を阻害することにつながりかねない。

ということで、やがては、うまくいくかわからない部分もあるけど、当面は今のままで全然いいんじゃないの。